はじめに
私が20代前半の頃、女性向けの会員制の高級エステサロンで働いていました。その時の忘れられないお客さんがいます。
施術料金は75分約18,000円〜という少し高めの価格でした。1回の価格が高い分、20回や50回などのコース購入によって1回あたりを安く利用できるシステムです。
デビューしたばかりのまだ施術が下手だった頃に担当させてもらいました。優しくて、気さくで、そして“褒められるとつい財布の紐が緩んでしまう”タイプのお客さん。その方が後にカード破産してしまったと聞いたとき、私はいろいろ考えさせられました。
これは、その時のお話です。
高級サロンに来ていた「堅実に働く独身女性」
私より一回り以上年上で、落ち着いた雰囲気の独身女性。勤務先は誰もが知っている有名企業で、高校卒業後からずっと働き続けているとのこと。
20年以上勤続しているだけあって、学歴に関係なく昇給もあり、残業代も出て、ボーナスもそれなりに貰えている。いわゆる「堅実な会社員」という印象でした。
住まいは田舎の家賃4万円ほどのアパートに長く住んでいるらしく、固定費も少なく、趣味や美容にお金を使える余裕のある生活。

当時の私は、勤続年数が長いし、40歳ぐらいになると、こんなにお金かけれるんだと、今までの給料が正社員でもバイト並みの給料だった私には、ただ凄いと思っていました。
新コースの紹介と、購入につながる“褒め言葉”
私の勤めていたサロンでは、新コースが2、3ヶ月に1回のペースで発売され、その都度お客様へ紹介する流れがありました。お試しは、すでに持っているコースの1回分で利用できたため、多くのお客様が興味を持ってくれます。
この女性も例外ではなく、
「受けてみたい」
と素直に興味を示してくれました。
施術後はカウンセラーや店長が対応し、必要であればコースを案内するのが通常です。そこで私は一つ気づきました。
この女性は“褒められると買ってしまうタイプ”だったのです。
後から聞いた話ですが、洋服屋さんに行っても「似合いますよ」と言われると、つい買ってしまうとのこと。人柄が優しく、人の言葉を素直に受け取るタイプ。サロン側からすると、言い方は悪いですが“褒めたら買ってくれる良いお客様”になってしまいます。

新コースは、ボディー、フェイシャルと交互、もしくは同時に出ていたと思います。毎月公休日を使って勉強会に行っていて大変だったので。
フェイシャル→ボディー→ネイル…と増えていく利用メニュー
この女性はフェイシャルコースだけでなく、ボディーも購入し、ネイルにも通うようになりました。何度もコースを契約してくださったのですが、支払いはすべて分割。
ある日、施術ルームで小さな声で言われました。
「最近お金がちょっとキツくて…」
その時、私は「無理しなくて良いから、断ってくださいね」と伝えました。
営業は、「お客様の懐を気にしてはいけない」「その方にとって、最適なものを提案をしなさい」と言われることもありますが、正直、一般的な会社員が購入できる金額を明らかに超えていました。
コースは安くても20〜30万。
メインは50万、100万。
これを分割で次々購入していくのは、どう考えても負担が大きいはずです。

ネイルは、コース販売がなく都度払いだった気がします。都度払いでも分割という話を聞いていたので。
“特別扱いされる空間”が満たしてくれたもの
高級エステサロンの特徴は、技術だけではありません。
・丁寧な接客
・特別な空間
・非日常のリラックス
・褒め言葉や肯定的な対応
こうした要素が、「自分を大切にされている」という感覚を与えてくれます。
おそらく彼女は、この“特別扱い”に価値を感じていたのだと思います。
仕事を頑張り、プライベートは一人暮らし。毎日忙しく、時には孤独を感じることもある。
そんな中で、「ご褒美」を買う感覚でサロンを利用していたのかもしれません。
退職後に聞いた“衝撃の事実”
その後、私はサロンを辞めました。
ある日、仲の良かったネイリストの同僚とお茶をした時のこと。彼女もあの女性を担当していたので、話の流れで、
「あの人、カード破産したんだよ」
と聞かされました。
ネイリストの同僚も、
「勧めてきても、無理して買わないほうがいいって何度も言ってたんだけどね…」
と、申し訳なさそうに話していました。
おそらく、エステだけでなく洋服などの買い物もすべてカード決済。褒められれば嬉しくて、つい買ってしまう。いつからか残高が膨らみ、金利だけを払い続けて元金が減らない状態になっていたのではないかと思います。
私が学んだこと
この出来事を通して感じたのは、
“私たち施術者は、ただ売ればいいわけではない”
ということ。
高額コースを買ってくれれば売上は上がります。
でも、その裏で生活が壊れてしまったのなら、それは本当の意味で「美容」でも「健康」でもありません。
エステは本来、お客様の心と体を整える場所。
それなのに、行きすぎた営業は人の人生を狂わせることもある──そう気づかされた出来事でした。

どこの会社に何年勤めている、旦那さん有無など把握してカウンセラー、店長は、これくらいまでは営業かけれるという計算をしていた気がします。
おわりに
この女性は、褒められたら嬉しい、優しい言葉を信じてしまう。
そんな純粋な人だけど、何か満たされないもの、認めてもらいたい何かがあったのかなと思います。
そして、高級サービスを利用するお客様の中には、“満たされない気持ち”を埋めるために通う人も確かにいます。
同時に、エステサロンで働く側にも、
「売らないといけない」
というプレッシャーが常にあります。
あの女性の出来事は、今でも記憶に残っています。
誰かにとって特別な空間が、負担になってしまうことがないように。
そして、接客する側として“本当の意味でお客様のためになる提案”ができる人でありたいと感じています。

