― 子どもを守るつもりが、子どもを孤立させてしまう構造 ―
何十年も前、まだ「モンスターペアレント」という言葉がなかった時代の話です。
当時、地域ごとに小学校の先生と保護者が集まり、学校生活や困りごとについて話し合う場がありました。今でいう保護者懇談会のようなものです。
そこで、ある夫婦が学校側に要望を出しました。
「今、流行っているズボンを禁止してほしい」
理由は明確でした。
流行り物は高い。自分の家では買えない。だから学校側で禁止にしてほしい。
当時の参加者は驚いたそうです。
私が通っていた小学校は私服の公立校で、服装に厳しい規定はありませんでした。
結局、禁止にはなりませんでした。
しかし――
その家庭の子どもは、学校でいじめを受けていました。
親は、そのことに気づいていなかったようです。

この話40数年前の話ですw流行っていたズボンは、ウエスト部分にタックがあり、太ももあたりが幅広くて、裾は細いデザインのズボンで、ボンタンです。そんなようなズボン私も履いていた記憶がうっすらありますw多分、普通だったかと。
「禁止してほしい」という心理の裏側
この出来事は、単なる昔話ではありません。
実はここに、今も変わらない構造があります。
① 劣等感の回避
「買えない」という現実を直視するのはつらい。
だから、
- みんながやめればいい
- ルールにしてしまえばいい
- 平等にしてしまえばいい
という発想になります。
これは子どもを守るためのようでいて、実は「自分の苦しさ」から目を逸らす行動でもあります。
② 外部コントロール思考
問題の原因を「環境」に置く考え方です。
- 服が悪い
- 流行が悪い
- 学校が悪い
本来向き合うべきなのは、
- 子どもがどう感じているか
- いじめが起きていないか
- 家庭内で孤立していないか
なのに、矛先は学校に向かいます。
③ 子どもの孤立に気づけない親
その子は、用水をぼーっと眺めていたので、私の母が、
「今帰ってきたの?おかえり」と声をかけると、「ただいま」と、きちんと挨拶はする。
でも、家に帰りたくないように見えたそうです。
いじめは中学まで続いたといいます。
高校では大きなトラブルはなかったようですが、友達と呼べる存在は見たことがなかった、と。
子どもが孤立しているとき、
親が気づかない最大の理由は「外ばかり見ている」ことです。
- 学校が悪い
- 周囲が悪い
- 流行が悪い
そう考えている限り、
子どもの心の状態は見えなくなります。

近所の子だったので、母はよく追いかけられているのを見ていたそうです。その子の家の近くまで。その子の親は子供がイジメられている事に気付いていなかったようです。イジメられていても、それをイジメと受け取っていなかった可能性もありますが・・・
モンスターペアレントというよりも
今なら、この行動は「モンスターペアレント」と言われるかもしれません。
けれど本質は、攻撃性よりも「不安」と「劣等感」です。
・経済的な不安
・他家庭との比較
・子どもが仲間外れになる恐怖
その不安を処理できないと、
「禁止してほしい」という形で外に出ます。
しかし、その結果いちばん孤立するのは――
子どもです。
「ただの挨拶」が救いだった
私の母は、特別なことはしていないです。
ただ、
「おかえり」と声をかけただけです。
でも、帰りたくない空気をまとっている子どもにとって、
それは確実に救いだったはずだと思います。
問題を解決する力がなくても、
誰かが「存在を見ている」だけで、子どもは少しだけ救われます。

イジメられている子の親は、私の家に勝手に入ってきて、人の家の掃除の指示をしてくるような変わった人なので、イジメられていることを言える状況ではなかったですね。
親の願いは間違っていない。でも方法が違う
どの親も、子どもに惨めな思いをさせたくない。
でも、
- ルールで縛る
- 周囲を止める
- 禁止させる
これでは根本は解決しません。
本当に必要なのは、
- 子どもの本音を聞くこと
- 劣等感を共有すること
- 家庭が安心できる場所であること
環境を変えるより、親子関係を整えるほうが先だと思います。
イジメられた子のその後
高校卒業後、その子は医療系に進学しました。
大人になってから、友人らしき人が遊びに来ている姿を母は見たそうです。
人は、どこかでやり直せます。
でも、子ども時代の孤立は長く心に残ります。
まとめ
「禁止してほしい」という親の要望は、
一見子どもを守るための行動に見えます。
けれどその裏にあるのは、
- 比較
- 劣等感
- 不安
- コントロール欲求
そして、外ばかりを見ると、
いちばん近くにいる子どもが見えなくなります。
何十年も前の出来事ですが、
今も同じ構造は繰り返されています。
だからこそ、
子どもを取り巻く環境は、家庭の中だけでは決まりません。
親の言葉、周囲の大人の態度、
そして何気ない日常の出来事。
その積み重ねが、
子どもの居場所や未来を静かに形づくっていくのだと思います。
