「私は、かわいい子としか友達になりたくない」と言われた日の違和感

人間関係

短大入学してまだ間もない頃、通学途中で同級生にこう言われたことがあります。
「私は、かわいい子としか友達になりたくないんだよね」

その子とは、特別仲が良かったわけではありません。
出席番号が近く、実験や実習で同じグループになることがあり、通学路も同じだったため、時間が合えば途中まで一緒に帰る──その程度の関係でした。

一緒にご飯を食べに行くことも、遊びに行くこともなく、いわゆる「友達」と呼べるほどの距離感ではありませんでした。ただのクラスメートと言う感じです。

だからこそ、この発言は今でも強く印象に残っています。
わざわざ言う必要がある言葉だったのか?
なぜ私に向けて、その話をしたのか?

当時はうまく返事できませんでしたが、今振り返ると、はっきりとした違和感がありました。

ナルナル3
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その発言はなかなか衝撃的でした。


仲良くなろうとする場面ではなかった

もしこれが、
「私は男も女も見た目重視なんだよね〜」
という軽い雑談や、親友同士の冗談交じりの会話なら、まだ理解できます。

でも現実は違いました。

・親しくなろうとしている場面でもない
・価値観を共有するような流れでもない
・ただの通学途中の会話

それなのに突然投げられた
「かわいい子としか友達にならない」という一言。

これは自己開示ではなく、
線引きだったのだと思います。

ナルナル3
ナルナル3

個人的には、必要以上に親しくならず済んである意味良かったですw自ら言ってくれたので。


「選ぶ側」に立ちたい人の心理

その子は、クラスでも比較的目立つグループに所属していました。
いわゆる、可愛い子・綺麗な子が集まるグループです。

一方で私はというと、
トラブルは避けたい、面倒な人間関係に巻き込まれたくない、
そんな気持ちから、特定のグループに属さず、一人でいることが多いタイプでした。

この構図を冷静に見ると、
彼女の発言はこう聞こえます。

「私は選ぶ側」
「私は“かわいい側”の世界の人間」
「あなたはその基準に入らない」

直接的な否定ではありませんが、
相手に上下関係を意識させるには十分な言葉です。


外見ヒエラルキーという価値観

「かわいい子としか友達にならない」

この言葉の前提には、
人の価値は外見で決まる
という考え方があります。

性格や相性ではなく、
一緒にいて安心できるかでもなく、
「見た目」という分かりやすい指標で人を選別する。

そしてその基準を、
わざわざ他人に向かって口に出す。

これは無意識のマウントであり、
同時に自分の立ち位置を必死に守ろうとする行為でもあります。


自分を棚上げしているように見えた理由

正直に言えば、その子は
世間一般で見て「特別に可愛い」「美人」と言われるタイプではありませんでした。

かといって、ブスというわけでもない。
ごく普通。

一重まぶたで、まつげが短く、
アイプチやマスカラをしっかり使っていました。
学生ということもあり、メイクが上手とは言えず、
「そこまでして?」と感じてしまったのも事実です。

だから余計に、
「よくその価値観を口にできるな」
という印象が強く残りました。


無条件で肯定されなかった可能性

ここで一つ、冷静な仮説を立ててみます。

子どもの頃、
「あなたは可愛いね」
「そのままでいいんだよ」
そういった無条件の肯定を、十分に受け取れていなかったのではないか。

親が悪い、と言いたいわけではありません。
親自身が外見コンプレックスを抱えていたり、
「調子に乗るな」と抑える教育だったり、
兄弟姉妹と比較される環境だったり。

そうした中で育つと、
外見は「楽しむもの」ではなく
価値を証明するための武器になります。

だからこそ、
「かわいい子」という言葉に執着し、
その世界に属している自分を言葉で守ろうとする。


なぜこの違和感は消えなかったのか

私がこの出来事を今でも覚えているのは、
特に傷ついたからではありません。

「何かがおかしい」
その感覚が、ずっと残っていたからです。

人を選別する価値観
外見で上下をつける発言
自分の中の不安を他人に投げるような態度

それらが一瞬で透けて見えたからこそ、
心に引っかかったのだと思います。


違和感は、あなたを守るサイン

人間関係において、
違和感を覚える瞬間はとても大切です。

・なぜ今、その言葉を言うのか
・誰のための発言なのか
・自分は下げられていないか

そうした小さな引っかかりは、
後になって振り返ると、
かなり正確なサインだったりします。

当時の私は、その子と深く関わることはありませんでした。
今思えば、それは正解だったと思います。

理由がどうであれ、
他人を下げて成り立つ価値観に、
付き合う必要はないのです。


余談:この価値観は大人になると形を変える

この出来事を振り返っていて、ふと思ったことがあります。
この「かわいい子としか友達にならない」という価値観は、
大人になると別の形で現れるのではないか、ということです。

たとえば既婚女性の世界で、
「年収1,000万円以上の旦那さんがいる人としか付き合わない」
「エリート層じゃないと話が合わない」「大卒としか付き合わない」
といった考え方です。

実際、医師や経営者、士業など、
エリート層同士の集まりやコミュニティが存在するのは事実です。
そこでは情報交換や仕事のつながりなど、
合理的な目的がある場合も多いでしょう。

しかし問題になるのは、
それが人間関係の選別やマウントの道具になったときです。

学生時代は
「外見」
既婚後は
「配偶者の年収や肩書き」

評価軸が変わっただけで、
構造は驚くほど似ています。

自分自身の価値ではなく、
「どのグループに属しているか」
「誰と一緒にいるか」で、
自分の立ち位置を確認しようとする。

そうした価値観は、
人生のステージが変わっても、
形を変えて続いていくのかもしれません。

そしてやはりここでも、
無理にその世界に入る必要はないと感じます。

なぜなら、人を属性で選別する関係は、
安心感よりも、常に比較と不安がつきまとうからです。

まとめ:おかしいものは、おかしい

「かわいい子としか友達にならない」

この言葉は、
価値観の違いというより、
人を道具やステータスとして見る視点の表れだったと思います。

もし同じような言葉に出会ったことがあるなら、
「自分が気にしすぎかな」と無理に飲み込まなくていいです。

その違和感は、
あなたの感覚が健全である証拠です。

おかしいものは、やはりおかしい。
それに気づけた自分を、ちゃんと信じていいのだと思います。

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