大人になってから出会った「少し不思議な人」
「なぜか異性ばかりと繋がっている人」に違和感を覚えたことはありませんか。
同性同年代の友達が少なく、長年続いている関係が見えない人。
その違和感の正体を、体験をもとに紐解いていきます。
大人になると、人間関係は自然と整理されていきます。
学生時代のように「同じクラスだから仲良し」という関係は減り、価値観や居心地で人を選ぶようになります。
そんな中で出会った、ある人のことを今でも思い出すことがあります。
その人は、なぜか異性との繋がりがとても多い人でした。
そして同性はいるにはいるけれど、ほとんどが年下。
同年代の同性の友人の話は、ほとんど聞いたことがありませんでした。
最初は何も思いませんでした。
交友関係なんて人それぞれです。
けれど、関わるうちに少しずつ違和感が積み重なっていきました。
小さな違和感の積み重ね
仕事をさりげなく馬鹿にする。
出身地で人をランク付けする。
「あの人はレベルが低い」と平然と言う。
常に、誰かを下に置いて話をする。
冗談のように聞こえるけれど、笑えない。
その場にいない誰かを下げることで、自分を上げる。
そして気づいたのです。
この人には「友達」と呼ぶ人がいないなと言うことに。
たまに出る、知り合い、後輩という言葉はでてきますが、
そういう存在が見えないのです。

私自身、現在も過去もほぼ友達はいない私が言うのも何ですけど・・・そんなに頻繁に遊ぶのに友達ではないなら何だろうって言う感じでした。
なぜ同年代の同性が少ないのか
もしかすると、同年代の同性とは対等になってしまうからではないかと・・・
そんな考えがよぎりました。
同年代の同性は、いちばんシビアな存在です。
社会的立場も近い。
経験値も近い。
ごまかしが効かないです。
マウントも見抜かれるし、虚勢も通用しにくい。
対等だからこそ、優位に立ち続けることが難しい。
対等な関係が苦手な人にとって、それは居心地の悪さになるのかもしれません。
異性や年下との関係が多い理由
一方で、異性関係には少し違うフィルターがかかります。
好意や魅力、役割期待が入り込みやすい。
多少傲慢でも「自信がある人」に見えることがありますし、
少しのマウントも「頼れる」に変換されることもあります。
さらに年下相手なら、自然と上下構造ができます。
教える側
経験がある側
上の立場
対等ではなく、上下が生まれる関係です。
もし優位性を保ちたい気質があるなら、そのほうが安心できるのかもしれません。

異性ばっかりと気付いたのは、タイムラインの投稿で「何で、異性ばっかりの反応なの?」って言う疑問を投げかけていた人がいて、私も、言われてみれば「そうだ!」という感じでそれからは、観察するようになりました。
長い付き合いがないという事実
その人の人間関係は、信頼ではなく「優位性」で成り立っているのではないかと思いました。
そう思ったとき、腑に落ちました。
優位性でつながる関係は長続きしません。
立場が変われば崩れるし、
環境が変われば逆転します。
年齢を重ねれば通用しなくもなります。
でも、信頼でつながる関係は違います。
対等で、尊重があって、相手を下げない。
だからこそ続いていく。
「誰と長く続いているか」は、その人の本質を静かに物語ります。
違和感は無視しないほうがいい
私はあるとき気づきました。
この人と一緒にいると、自分も誰かを見下す側に引き込まれてしまいそうだなぁと。
違和感というのは、小さなサインです。
最初は言語化できないけど、
でも無視し続けると、自分の感覚が鈍っていきます。
人を馬鹿にする人は、いつか自分も馬鹿にされるかもしれません。
人をランク付けする人は、必ず自分も評価される側になりえます。
もちろん、異性が多いこと自体が悪いわけではありません。
同性の友達が少ないからといって問題があるとも限らない。
けれど、
・常に誰かを下に置く
・対等な関係が見えない
・長く続く信頼関係がない
この3つが揃ったとき、私は距離を取るようにしています。
大人の人間関係は「選択の結果」
人間関係は、数より質だと思います。
優位に立てる関係よりも、安心して弱さを出せる関係のほうが、ずっと価値があります。
あの人との関係は終わりました。
でも、あの違和感は私にとって大事な学びになりました。
大人になると、交友関係は選択の結果になります。
だからこそ、違和感は見逃さないほうがいいです。
人を下げて自分を上げる人より、
人を尊重できる人と静かに繋がっていたい。
今は、そう思っています。
